大学で朝鮮語=韓国語を学び始める皆さんへ
野間 秀樹  30, 29 June 2016 改訂 24 March 1999

朝鮮語=韓国語はどうやすれば身に付くのか?
合格おめでとうございます! あるいは進級おめでとう.ここでは大学の専攻科目や第二,第三外国語科目として朝鮮語=韓国語を学ぶ場合に限って述べることにしましょう.ここでは,「死ぬ気で勉強しろ」とか,「辞書をとにかく最初から覚えよ」というような精神主義を説くことはしません.どうすれば最小限の努力で,最大限の効果を上げることができるか,この点に絞ります. 

授業に備えて
日本のほとんどの大学では4月から新学期に入ります.ほとんどの講座はこの4月から開講されます.いかなる講義であれ,皆さんは大学での第1日目の講義には決して遅刻したり欠席したりしてはなりません.第1日目には決まってその講義の重要なことがらが述べられるからです.希に見える,先輩たちのいい加減な授業情報などに頼り切ってはいけません.
授業の年間のスケジュールは概ね予め決まっています.年間のシラバス(授業計画)もろくにない,杜撰な講義も最近は全国の大学でもずいぶん減ってきました.授業概要などを読み,教科書を年間にどれほど消化するかなどは事前に把握しておくのがよいでしょう.そして自分の勉強のペースは授業のペースとうまく調整しましょう.授業は集団を対象にしたものなので,勉強が1ヶ月も進む頃には,勉強が進んでいる人と遅れている人との差が目に見えて開いて来ます.これはいわゆる,どんな優秀な大学,どんな優秀なクラスでも同様です.差が大きくなると,教師は授業の焦点を集団のどこかに合わせざるを得ず,集団の全員が満足するような授業は少なくとも原理的には成り立たくなります.進んでいる人々は授業が退屈だという程度で済みますが,遅れている人々は悲惨です.授業が全く面白くなくなってしまうでしょう.週何時間かの貴重な授業が無駄どころか苦痛となってしまいます.青春の貴重な時間が苦痛の時間になるわけです.高い授業料を払っているにもかかわらず.このことは多くの皆さんが中学や高校ですでに経験しておられるかもしれません.

楽しく学ぼう――開票速報の法則を知れ
授業も勉強も楽しくなければいけません.楽しく生き生きと学ぶ,このことがとても重要です.楽しくあるためにはどうすればいいか? 実に簡単です.できればいい.ことばができれば楽しいですね.ではできるようになるためにはどうすればいいのか? これも答えははっきりしています.大学の語学の勉強においては,4月,5月を一所懸命に勉強すること,何よりもこれに尽きます.最初の出発の段階を丁寧に学ぶこと.経験的に言うと,4月,5月の成績は,不思議なことに,2年後,3年後までずっと続く傾向が濃厚です.つまり,4月に100点だった人は,2年生の終わりにもやはり100点付近に位置しているし,4月に50点だった人はいつまでたっても50点ぐらいに留まります.4月に30点だったのに,1年経って90点台になったなどという人は,まずいないと思ってよいでしょう.こうしたことを〈開票速報の法則〉と名付け,新学期にはいつも学習者の皆さんに注意を喚起しています.4月の開票で4年間の朝鮮語の力量が決まってしまうのです.何と恐ろしいことでしょう.決して受験勉強の感覚で大学の語学の勉強に臨んではなりません.既に受験という関門をくぐった同じような力量の人々が集まっており,そういう条件下で大学の授業は行われているわけです.高校レベルの英語の学習であれば,半年も必死に勉強すれば,場合によっては偏差値の10や20は簡単に上がりますが,大学の語学の勉強ではそうは行きません.例えば東京外国語大学の朝鮮語専攻なら,朝鮮語の基本的な文法は夏休み前後に終えてしまうのが,普通でした.大変な速度です.夏休みになってから遅れをとりもどすなど,そう簡単にできることではないわけです.ちなみに夏に遅れを取り戻した人など,まだ出会ったことがないほどです.同じ1時間を集中して学ぶのなら,夏休みになってから学ぶより,4月に学ぶ方が遙かに生産的なのです.4月の1時間の集中は,夏休みになってからの数日分にゆうに匹敵すると思ってよいでしょう.このことをゆめゆめお忘れにならぬように.

まず文字が異なることに注意
朝鮮語=韓国語はまず文字が日本語や英語とは異なります.初めて接する文字なのです.これが第一の関門です.文字と発音の基礎を学ぶ段階でもうどんどん差が開いてしまいます.うろ覚えでは役に立たないのです.なんとなく覚えていてもたくさん接すればそのうち覚えるだろうなどというのは,幻想です.ひらがなが読めずに小学校の教科書が楽しいでしょうか? 文字と発音は速度ある学習が必要です.最初にきちんと学ぶことです..

最初の授業を迎える以前になすべきこと
だとすると,最初の授業に臨む心構えは自ずと明らかです.文字と発音の基礎ぐらいは自分で独習してから授業に臨むのです.教室に行ってから初めてハングルという文字に接する人と,既におおまかに理解してから接する人とは天地の差があります.教科書のどこに何が書いてあるかぐらいは,少なくとも把握してから授業に臨む.まず準備してから事に臨む.これはおよそ人間の営みである以上,成功するためには常にあてはまることでしょう.孫子が説くように,まず戦ってみてから勝ち負けを争うのは,愚かというものです.まず勝っておいてから戦わねばならない.教室で朝鮮語がよくできる人のかなりの部分は,大学の授業で学ぶ前に自分自身で朝鮮語=韓国語を勉強した経験のある人です.もちろん4月から始めて朝鮮語=韓国語をものにする人も少なくありません.そういった人々の全ては4月に一所懸命学んだ人々です.このことに例外はありません.

文字の学び方
文字は文字であるが故に,書けなければいけません.それも子供が書いたような字で書くのではなく,きちんとした形で書けなければならない.1点1画が重要です.「わ」と「ね」,「さ」と「ち」,こんな区別ができないで,日本語の読み書きができるようになるでしょうか? 「私はかんこくから来ました」と「私はかんごくから来ました」の差は,小さな点が2つあるかないかの違いです.ハングルという文字には実感が伴わないので,学習者はともすれば自己の過ちに寛大になってしまいます.文字は基本的に1文字でも書き間違っていたら,許されないものです.何度も書いて自己テストを繰り返すのがよいでしょう.それぞれの単語が,〈書かれたことば〉においてどのような形をしているかを,しっかりと自分のものにしましょう.併せて,文字の形の美しさも楽しみましょう.

発音は肉体の訓練である
発音の訓練はとりわけ4月5月が重要です.その際,頭で理解するだけで済ませてはなりません.大学生は皆それなりの知識人ですから,説明さえ明快なら,発音の説明を頭で理解することは,そう難しいことではありません.しかし怖いのは,それで納得してしまって,発音の実践の意義を見失うことです.重要なのは,自らの身体を動かして,発音の訓練をすることにあります.鏡を見て,録音してみて,ありとあらゆる方法で自己の肉体を朝鮮語=韓国語の音に慣らすこと.発音の訓練は,剣道やテニスの素振り,空手の突きなどと同様に,回数をこなさねばなりません.言ってみれば,5母音で惰眠をむさぼっていた自己の発音器官を,朝鮮語=韓国語の7母音体系(韓国のいわゆる標準語では8母音ですが,ソウルことばは事実上7母音体系となっています)に目覚めさせ,鍛え直すわけです.ちなみに英語は多くの人が5母音で発音することに慣れてしまっているので,英語を学んだときの経験は,よほどきちんと学んだ人以外は役に立ちません.逆に朝鮮語=韓国語を学びながら,英語とはどう違うのか,日本語とはどう違うのかを確認してゆくようにすると,面白いでしょう.

要約します.朝鮮語=韓国語を学ぶには楽しく学ぶこと,そのためにはできるようになること,できるようになるためには4月5月に一所懸命学ぶこと.文字は書いてきちんと覚えること,発音の訓練は肉体の訓練だということ.全て授業には準備をして臨むこと.
おめでとう! これを読んでいただいたからには,もう半ば勝利したも同然です.いますぐ入門書を手にとって学び始めましょう!


上のようなことを始め,朝鮮語=韓国語という言語をどう学ぶとよいか, 次の本が参考になると思います.
他の言語を学んだり,あるいは教えたりするのにも,お役に立てるかもしれません:

『韓国語をいかに学ぶか』 野間秀樹著.2014年.平凡社新書

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